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東京高等裁判所 昭和34年(ナ)5号 判決 1960年4月23日

原告 八田たつよ

被告 長野県選挙管理委員会

主文

昭和三十四年四月三十日施行の上田市議会議員選挙での当選の効力について訴外葦沢達のなした訴願に対しし、被告が同年七月十三日付で原告の当選を無効となした裁決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、昭和三十四年四月三十日施行の上田市議会議員選挙(以下本件選挙という)で、原告は七百二十八票の投票をえて最下位で当選と決定し、同年五月一日当選証書の交付を受けた。同選挙で七百二十票をえて次点となり落選と決定された葦沢達は、同年五月四日上田市選挙管理委員会に対し、原告の得票中「ハタ」と記載された三十数票(実際は二十五票)は無効であるとの理由で原告の当選の効力に関し異議を申立てた。同委員会は同月七日右申立を棄却するとの決定をなし、同日その旨を告示したので、同訴外人は被告に対し同月十日右決定の取消を求める訴願を提起した。被告は同訴願を認容し、同年七月十三日付で、上田市選挙管理委員会の右決定を取消す、当選人である原告の当選は無効である、との裁決をなし、同月二十三日これを告示した。

二、右裁決は、次の理由で本件選挙における原告の有効票中「ハタ」と記載された二十五票は原告の有効票と認められないとしている。すなわち、

1、本件選挙は上田市長選挙と同時に施行されたもので、市長候補者中に畑芳郎という者があり、本件選挙の無効票中にも「畑芳郎」と記載されたものが多数ある。

2、市長選挙で有効票とされたものの中に単に「ハタ」と記載された票が六百二十八票あつた。

3、本件選挙で単に「ハタ」と記載された票の記載方法(筆勢、運筆等)が市長選挙で有効票とされた「ハタ」と全く同一である。

三、しかしながら、本件選挙における「ハタ」という票は、次の理由で原告八田たつよの有効票と認めるのが相当である。すなわち、

1、本件選挙は上田市長選挙と同時に施行されたが、この二つの選挙は全く別個の選挙である。

2、上田市選挙管理委員会は同時選挙での投票の混記をさけるため特に投票用紙の色分けをし、本件選挙の用紙はコバルト色、市長選挙の用紙はクリーム色として一見して両者を識別できるようにし、また公職選挙法第一二二条の二の規定によつて投票順序を市長選挙の投票後本件選挙を行うように定めた。同委員会はこれを告示し、投票管理者に通知しただけでなく、選挙人に周知させるため市公報に掲載して、上田市の全戸に徹底させた。

また、実際の投票に際しては、別紙図面のように投票所毎に別個の投票用紙交付係と投票記載所を設け、まず市長選挙を行つた後に本件選挙を行うよう誘導し、右用紙交付係は用紙を交付する際にどの選挙の用紙であるかを一々選挙人に注意し、さらに、市長選挙の投票記載所には市長候補者の氏名本件選挙の投票記載所には市会議員候補者の氏名をそれぞれ表示し、選挙人はこの表示を見て用紙に候補者の氏名を記載できるようにして、極力混記をさけるように配慮された。

3、原告の氏名は「八田たつよ」と書いて「ハツタタツヨ」と読むが、本件選挙の候補者中には原告以外に「ハタ」と同音又は類似の氏又は名のものはなく、しかも、「ハ」の音は数字の「八」に通ずる。

ことに、本件選挙で争われている「ハタ」という票はいずれも稚拙な文字で書かれていて、一見して文字に親しまない選挙人の投票したものであることが明らかである。能筆の者でも数字の「八」は書体や各人の個性によつて片仮名の「ハ」に酷似するところがあり、まして文字に親しまない者の書いたものからは、いずれとも判断することが困難であり、市長選挙の有効票中の「ハタ」の筆勢、運筆等と比較してこれを決定しようとするのは筋違いである。右の「ハタ」という票は「八タ」と読むこともできるのであつて、控訴人の有効票として疑問の余地はない。

かりに、「ハ」を片仮名の「ハ」と読んだときについて考へてみる。「八田」をローマ字で表わせばHATTAとなり、HATUTAとは表現しない。「八田」を「ハツタ」と表現することは発音上必ずしも正確なものとは言えないのであるから文字に親しまない一部選挙人がこれを「ハタ」―「HATTA」と表現するのも無理からぬことである。

このように「ハタ」は「八タ」又は「ハツタ」を表示しようとして記載されたものであるから、いずれにしても原告の有効票といわねばならない。

4、本件選挙は上田市が附近の町村を合併した後最初に行われた選挙で、市長候補者畑好郎は上田市北大手町地区から、原告は隣接地区である同市西脇町地区から立候補した。畑好郎の立候補した北大手町地区では市議会議員の立候補者がなく、畑好郎と原告とは選挙地盤が共通であつたため、地元地区では選挙運動員、殊に婦人の運動員は文字になれない選挙人に対し、投票用紙が違うから市長選挙も本件選挙も「ハタ(HATA)」と書けばよいと運動していた。原告は本件選挙に立候補した唯一人の婦人候補で、その運動対象も婦人層にあつたうえ、原告の地元地区は半農村であつたから、文字に親しまない選挙人も多く、原告に対する投票が「ハタ」又は「はた」と記載されることになつたものと考えられる。なお、本件選挙の投票率は九三・四三パーセントの高率であつたから、婦人の投票が著しく多かつたと推察される。

5、原告は昭和三十年四月三十日施行の上田市会議員選挙にも立候補し、婦人立候補者が三名もあつたが五百十九票をえて定員三十六名のうち第三十一位で当選した。その際の総有効投票数は二万八千百九十五票であり、本件選挙の総有効投票数は三万九千三百五十票、原告の得票数は七百二十八票であるから、町村合併と人口の自然増加のための有権者の増加も考慮してその得票率を比較すると、本件選挙では僅かに〇・〇一パパーセントの得票増加にすぎない。婦人の立候補者が三名もあつた前回の選挙に比べ、婦人の立候補者が一名しかない本件選挙の得票率が殆ど同率であるということは、在職中なんの失態もない原告については常識上考えられないばかりか、前記のように婦人有権者の投票率が著しく高かつたと推察される本件選挙では尚一層ありえないことである。

よつて、被告のなした前記裁決は違法であるからその取消を求める、と述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁の要旨として、

原告主張の前記請求原因事実中、第一、第二項、第三項の1、2、の事実は認め、第三項の3、の事実中本件選挙の候補者中には原告以外に「ハタ」と同音又は類似のものがなかつたとの点を否認する。選挙人が文字に親しみが少く、教育程度の低い人が少くなかつたことは認めるが、その余は否認する。同4、の事実については、市長候補者畑好郎、市会議員候補者原告が原告主張の地区から立候補したことは認めるが、その余は否認する。同5、の事実については、原告が前回の選挙でその主張のように当選したこと、本件選挙で約七百票をえたこと前回の総有効投票数が二万八千百余票、本件選挙のそれが三万九千三百余票であることは認めるが、その余の事実は否認する。

同時選挙は二以上の選挙において投票及び開票に関する規定のうち技術的に不可能な部分を除き、一つの共通した手続によつて行う制度であり、そのため選挙人が選挙を混同して投票することが極めて多い。本件選挙に際しても、原告主張のように投票の管理執行には万全の処置を講じたが、市長選挙の投票用紙に市議会議員の候補者八田たつよ外三十九名の氏名を明確に記載した無効投票が二百四十九票、市議会議員選挙の投票用紙に市長選挙の候補者畑好郎または堀込義雄と明確に記載した無効投票が百四十四票あつた。このことは、本件選挙でも混記を完全に防止することができなかつたことを実証するものである。

本件選挙と同時に行われた市長選挙には「畑好郎」という候補者があり、その氏は「ハタ」と呼ぶ。しかも同氏は過去十二年間公職にあり、特に上田市収入役、助役等を歴任し、地方経済界での実力者でもあつて、上田市で畑といえば同人であることがわかる程の有名人であつた。このような場合には「ハタ」という投票は、むしろ市長候補者畑好郎を表示したものと解すべきであつて、公職選挙法第六七条後段の規定を軽々しく適用してはならない。(最高裁判所昭和三十二年(オ)第一九三号事件判決参照)

原告は促音は脱字し易いから「ハタ」という票は「ハツタ」即ち原告の有効票であると主張するが、本件選挙の投票中に平仮名で「はた」と記載された票が十四票ありいずれも無効票とされているのに原告はこれを争わない。これは、促音は脱字し易いというだけで「ハタ」を「ハツタ」と推論するのは無理であることを原告自ら認めたことになる。また、撥音も脱字し易いから、「ハタ」は「ハンタ」とも考えられ、本件選挙には半田栄一という候補者があつたから、同人のための投票とも解される。そうだとすれば、「ハタ」の票は八田たつよと半田栄一のいずれに投票したものか明かでないことになり、公職選挙法第六七条第七号によつて無効となる。

原告の運動員が市長選挙と投票用紙が違うから、原告に投票するには「ハタ」と書けばよいと運動したとしても、それだけで前記のような事情のある本件選挙で「ハタ」という票を原告のために投票したものと即断することはできないし、原告主張のように得票率からこれを論ずることも無理である。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告が昭和三十四年四月三十日行われた上田市議会議員の本件選挙に立候補したこと、原告の呼名は「ハツタタツヨ」であつて、本件選挙で有効票として疑問のない七百三票をえた外、単に「ハタ」と記載された二十五票(検甲第一ないし第二十五号)があつたこと、葦沢達は本件選挙で七百二十票の有効投票をえたこと、開票管理者は右「ハタ」と記載された二十五票を原告の有効票としたので、原告の得票は七百二十八票となり当選と決定され、葦沢達は次点と決定されたこと、葦沢達はこれに対し上田市選挙管理委員会に異議を申立てたが、これを棄却されたので、さらに長野県選挙管理委員会に訴願をなしたこと、同委員会は右二十五票は原告のために投票したものと認めることはできないから原告の得票は七百三票、葦沢達の得票は七百二十票となりその順位が逆になるからとして、前記上田市選挙管理委員会の決定を取消し原告の当選を無効としたことは、いずれも当事者間に争がない。

本件選挙で単に「ハタ」と記載された二十五票が原告の投票として有効かどうかについて判断する。右二十五票の投票が検甲第一ないし第二十五号証であることは当事者間に争がない。右のうち検甲第一ないし第二十三号証はいずれも投票用紙裏面の候補者氏名欄に「ハタ」と記載され、検甲第二十四号は投票用紙表面に「ハタ」と記載され裏面の候補者氏名欄にはなんの記載もなく、検甲第二十五号証には裏面の候補者氏名欄に片仮名で「ハタ」と記載しようとして書損じたものと認められる二字を抹消しその下に「ハタ」と記載されており、これらはいずれもいかにも稚拙な文字で書かれているが、その形状、筆勢、運筆からみて片仮名で「ハタ」と記載したもの(もつとも、検甲第二十五号証の「」は片仮名の「タ」の書損じと認めることができる)である。各その成立に争のない甲第九ないし第十一号証、第十五ないし第十七号証、証人母袋よう、小林収、八木らん、吉沢典男の各証言、原告本人の尋問の結果によれば次の諸事実を認めることができる。すなわち、原告は本件選挙での唯一の婦人立候補者であり、その地元地区は半農村で、教育程度の低い者或は老令の婦人の支持者が多数あつた。一方、地名では「八田」と書いて「ハタ」と読むところもある。また「はつた」の「つ」という促音で表現するということが確立されたのはそう古いことではなく、実際にそれが一般に滲透したのは大体明治の末頃のようである。従つて、教育程度の低い者殊にそれが五十才以上の者には、生活必需品などのように日常生活に親しみの多いものを除いては、「つ」という促音をどう表現していいかということは十分了解されていないで、「つ」という促音は脱字し易い状態にある。本件市会議員選挙の立候補者で原告の氏に多少類似している氏を有するものは「半田栄一」のみであつた。この「ハンダ」と呼ぶ場合の「ン」という字ははつきり発音する関係からか、「ツ」の場合に比ぶれば脱字することが極めて少ない。他に右諸認定を動かすことのできる証拠はない。

右認定の諸事実と上記認定の検甲第一ないし第二十五号証の投票の各記載が、いずれも稚拙な文字であることと、後記認定の選挙の投票の状況等を合せ考えれば、右各投票は教育程度の低い余り文字に親しまない者が、原告の「ハツタ」という氏を記載するつもりで、誤つて「ハタ」と記載したもので、「半田栄一」に対する投票であると解する余地がないと認めるを相当とする。

本件市会議員の選挙と同時に上田市の市長選挙が行われ、その立候補者に原告の氏に類似する「畑芳郎」という者がいたこと、及び一般にこのように同時に行われる選挙では選挙人が選挙を混同して投票することがあるので、これをさけるため本件選挙に際しては原告主張のように、その投票用紙を色わけし、本件選挙の投票用紙はコバルト色、市長選挙の投票用紙はクリーム色とし、投票順序についても市長選挙の投票後本件選挙を行うことと定め、これを告示し各投票管理者に通知した外上田市の公報に掲載して選挙人に周知させるよう努力されたし、投票に際しては各別の投票用紙交付係と投票記載所を設け、投票順序に混乱のないよう選挙人を誘導し、投票用紙を交付する際にも一々どの選挙の投票用紙であるかを注意したことは、当事者間に争がない。また、畑芳郎が被告主張のように上田市で相当著名な人であることは原告も明かに争わないところである。

このように同時に二つの選挙が行われる場合には、一般選挙人が両者の投票をまちがえてすることもさけられないから、二つの選挙の候補者の関係を除外して全く関係なく有効無効を決定すべきではないことはもちろんであるが、投票者の意思を尊重して投票をなるべく有効に解さなければならないことは、民主主義国家では守らなければならない最も重大な原則の一であることを考えれば、二つの選挙が同時に行われるという技術的の処置によつて、独立になされた選挙であれば有効である投票を無効にするということはなるべく少くするように考えなければならない。本件の場合でも現在の一般選挙人の知識程度を考えれば、両者の投票を混同することが絶無とはいえないにしても右認定のように、本件の選挙の場合には、予め選挙人にも二つの選挙を混同しないように周知させる方法を注意深く講じていたばかりではなく、両者の投票用紙を明白に区別し得るような色分けをなし、市長選挙をなした後に改めて市会議員の投票用紙を交付して投票をなさしめたばかりではなく、投票用紙を交付するさいに係員から選挙民に一々どちらの選挙であるかを具体的に告知していたのであるから、特別の事情が認められないかぎり、一応そのどちらかの投票として有効なものと認められるものを、たやすく他の選挙の候補者との関係で無効と認めるのは相当でないと解する。本件の場合で、市長選挙の候補者である「畑芳郎」が上田市で相当知名な人であつたにせよ、原告も市会議員に前回にも当選しており(この事実は当事者間に争がない)、且つ本件選挙での唯一の婦人候補者であつたことを考えると、上記本件で問題になつている無効投票が「ハタ」と明記されているにせよ、上段認定のようにそれが「ハツタ」の記載誤りと認められるのであるから、選挙人の意思をなるべく有効に解する選挙法の精神から、市会議員の投票用紙を用いて投票した本件二十五票の投票は、市長選挙の投票を誤つて市会議員の投票としてなされたものではなく、また、原告か「畑好郎」に対するか不明なものとも解すべきではなく、市会議員選挙の原告に対する投票としてなされたものであると解するを相当とする(最高裁判所昭和二十五年七月七日民集四巻二六七頁参照。―なお被告主張の最高裁判所の判決は本件の場合に適切なものではない)。上記説示の趣旨からして本件市会議員の投票中に「畑芳郎」という投票があつたこと、及び、市長選挙の投票中に「ハタ」という投票があつたことは、上記認定の支障にはならない。

そうであるから、被告が無効であると判定した上記二十五票の投票は上記認定のように原告に対する投票であり、右認定のように同時選挙での関係でも無効とすべきものではないから、原告に対する有効投票であると解さなければならない。

よつて、本件選挙での原告の有効投票は合計七百二十八票で最下位で当選とされた葦沢達の有効得票は七百二十票となり、原告の方が八票多くなることは算数上明かであるから、原告を当選人としなければならない。ゆえに、これと同趣旨の上田市選挙管理委員会の決定を取消し、原告の当選を無効とした被告の裁決は違法であるから、これを取消さなければならない。従つて、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 土肥原光圀)

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